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お酢の雑学

黒酢と玄米酢の違いは?

黒酢はダイエッターの基本の酢と言って過言ではないほどの支持率ですが、その定義はつい最近まで単に「黒い酢」というだけの曖昧なものでした。

2004年7月にJASにより黒酢の定義が明確になり、米黒酢は「穀物酢のうち、原材料に米、小麦、大麦のみを使用し、酢1リットルあたり米を180g以上であるもの、かつ発酵及び熟成で褐色または黒褐色のもの」。

一般的には米を使用したものが多い黒酢ですが、大麦のみを使用した大麦黒酢もその旨、パッケージに記載されます。

一般的には、飲みやすくするため、または栄養価を高めるために各種栄養分が配合されたものも黒酢として扱っているケースが多いです。


玄米酢に関しては、いまだ定義づけされていませんが、黒酢でも玄米のみを100%使用していると明記されたものを玄米酢とし紹介している事が多いです。ですから、ここでこれから紹介するであろう玄米酢でも黒酢の効果は間違いなく得られますから、お好みに応じて選んでくださいね!


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お酢の雑学

お酢の歴史

●お酢の歴史・・・世界編

★ピクルスの誕生は紀元前2000年!
お酢が世界史の文献に初めて登場するのは、紀元前5000年頃のメソポタミア南部、のちにバビロニアと呼ばれる地域です。
ナツメヤシや干しブドウを利用してお酢を作っていたということが分かっています。
紀元前2000年頃には、野菜をスパイスやハーブと一緒に酢漬けしてピクルスを作る食文化が、既に開発をされていました。


★ヒポクラテスもお酢の健康作用に注目!
紀元前4世紀には、医学の父と言われるヒポクラテスがビネガーの抗菌作用に注目をして、呼吸器病や皮膚病の治療に、お酢を用い、回復期の患者には酢卵を飲ませていたといわれています。
その他にも、中耳炎や咳止めとして、利用されていたという記録も残っています。


★古代中国には酢造り担当の役人が登場
日本にお酢の醸造技術を伝えたといわれている中国でも、古くからお酢が造られていました。
紀元前1100年、封建国家として誕生した周の官制を記録した書物に、「果作醋」という文字があり、酢造りを担当する役人がいたことを物語っています。


★サラダのはじまり
中世になると、その土地の作物を生かして個性あるビネガーが発明されるようになります。
11世紀までに、イタリアでは、ぶどうの果実を煮込んで、10年以上かけて熟成させるバルサミコが誕生しています。
また、14世紀になると、ヨーロッパでは、野菜と生の油をよく混ぜ、酢と塩をかけて食卓に出す、現在のサラダの食べ方が始まります。




●お酢の歴史・・・日本編

★酢を税として徴収していた
お酢の醸造技術が初めて日本に伝わったのは、5世紀に中国大陸から酒の醸造技術とともに、伝えられたとされています。
奈良時代になると、酢造りが盛んになり、朝廷は酢を税として徴収するようになります。
またこの頃には、既に発酵調味料である醤に酢を混ぜた現在の二杯酢のような合わせ酢が造られていました。


★刺身は食べられてなく
鎌倉時代になると、お酢はより不可欠な調味料となります。お酢に魚介類を細く切って漬けて食べる膾(なます)が開発されたのも、この頃だと言われています。
ちなみに、現在のように魚介類を刺身にして食べるようになるのは、安土桃山時代に入ってからのことです。それまでは、酢を使った川魚料理が主流を占めていたようです。


★おすしの始まり
江戸時代は、南蛮渡来の天ぷらを含め、近代日本の食文化を形作るほとんどの要素が生まれる時代と言っても過言ではありません。
そんな江戸の食文化を語る上で欠かせないおすしは、酢を利用することで誕生しました。現在のにぎりずしは、当時早ずしと呼ばれていました。
そんなすしが江戸の食文化に浸透していった背景には、酒粕から酢を造る新しい技術が尾州(愛知県)半田の酒造元で開発され、手ごろな価格で酢が手に入るようになったことが影響しています。


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